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ある子どもとの対話(6)〜母親と父親〜
その後の生徒のことをもう少し詳しく知りたいと思い、ようやく

落ち着きを取り戻した母親にそれとなく尋ねてみた。



母親の話によると、神経症的な症状がかなり出ているようである。

確認行動も多く、そのため何をするにも時間がかかってしまうよ

うである。特にお風呂では数時間入っていることがほとんどで、

父親とK子が、そのことで口論になることがかなりあるというこ

ともわかってきた。



これまで、母親とはさまざまなことで話をしてきた。K子が勉強

するようになったからといって期待しすぎないでほしいというこ

とを話したときも、母親は十二分に理解をしていたし、とにかく

元気でいてくれればいいと言っていた。母親に会ってみて母親の

憔悴の度が大きいことと、母親が攻撃的にいろいろなことを言う

ことには正直驚いたが、落ち着きを取り戻した母親と話をしてい

ると、やはりこれまでの母親のとってきた態度は我々に対する見

せ掛けの態度ではないことがよくわかった。



この母親がここまでK子のことを理解するようになるまでには、

母親の努力は並みのものではなかっただろうと想像できる。K子

が以前話てくれたのだが、最初、学校に行けなくなった時に、母

親は烈火のごとく怒り、激しくK子を責めるばかりでなく、K子

に対して暴力までふるっていたということであった。そうするこ

とが母親として当然とばかりにふるまっていたのを、見かねた父

親がとめていたようである。父親のすすめもあり、母親はカウン

セリングに通うと同時に、父親がK子には無理に登校させないと

決めた経緯がある。



ところが、その母親は疲れきった表情を見せ、少しうつ状態にさ

えなっているようにも思えた。何が原因かは母親の口から自然と

こぼれた。「父親があの子のことを少しでも理解しようとしてく

れたら、あの子もこんなに苦しまなくてすむのに…。」

不登校になった直後はK子にも優しく接していた父親であったが、

その父親が自分のことを理解してくれないということは、K子か

らも聞いていた。我々も母親に父親と共に懇談したいと申し入れ

ても最初に入会の時以来、一度も父親は顔を見せることはなかっ

た。その程度のことならばよくあることである。しかし、どうや

らことはもっと深刻だったのである。

(つづく)
| | 20:52 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある子どもとの対話(5)〜母親〜
母親との面談の日が来た。母親は電話のときよりは

落ち着いてはいたものの憔悴の度は明らかに増していた。

苦しい胸のうちが顔にも表れていた。



面談室に入り、座るなり母親は堰を切ったように話し始めた。

「先生、私はあの子の母親なんです。母親なんですよ。

でも家の中ではまるであの子の奴隷のように、あの子の言う

ままに行動しないといけないんです。言うことを聞かないと

暴れるし、平気で物を投げるし。そうかと思うと、偉そうに

言っているくせに、いざ食事だというと一体何分手を洗って

いるのかというくらい手を洗っているんです。あの子は病気

だわ。先生、病院に入れるのにはどうしたらいいんですか。

ほんと病気としか思えないわ。さっさと入院すればいいんや。

だいたい先生が悪いねん。先生がもっとしっかりと勉強させ

てくれていればこんなことにはならなかったんや。」



何とも言えない気持ちになったが黙って聞いていた。



「先生は生徒の気持ちをもっと大切にしてくれないと。勉強

をやってもやってもわからないところがあるとあれほど言って

いたじゃないですか。それを一つ一つわかるようにしてやって

さえくれればこんなことにはならなかったのに。学校じゃない

んですから、しっかりと教えてもらわないと困るんですよ。あ

の子が私の言うことを聞かなくなってしまったのも先生のせい

ですから、先生が何とかしてもらわないと困ります。あの子は

病気ですから先生が病院に連れて行ってくださいね。私は嫌で

すからね。ちゃんと先生が責任もってあの子をなんとかしてく

ださい!」



母親はここまで話して少し言いたいことを言ってすっきりした

のか、あるいは心にたまっていたものを吐き出して落ち着いた

のか、ようやく一呼吸ついた。ちょうどそこへスタッフがお茶

を持ってきた。絶妙のタイミングだった。後で聞いた話では、

あのタイミングでしかもって行けなかったとのことだった。

母親が猛烈な勢いで話しているのに圧倒されて面談室に入れな

かったとスタッフが言っていた。



お茶を一口飲んで、あらためて母親はつぶやくように言った。

「なんでこんなんなったんやろ。これからどうしたらいいのやろ。」



母親の苦悩がうかがえる。この母親とはこれまでもいろいろと

話をしてきた。ことあるごとに連絡をし、お互いにいろいろと

意見交換をしてきた。多くの不登校や引きこもりの本も読んで

学んでいるこの母親が、子どもが動けないときに動かそうとす

るのではなく、しっかりと向き合い待つことが必要であり、子

どもの今の状態を受け入れなければいけないということなど十

分にわかっているはずなのである。



それでも、このようになるものなのである。

そこに少し疑問もあり、じっくりと話を聞いてみたいと思った。



(つづく)


| | 10:12 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある子どもとの対話(4)〜動けない苛立ち〜
K子が2日連続で休んだ。とうとう限界が来たかという気がした。

次の日もK子は現れなかった。どうしようかと思っているところへ

母親から電話が入った。どうしても行けそうにないのでしばらく

休ませるということだった。それはとても暗い声で、そう言った。



「K子さんはどんな状態ですか?」と聞くと、「ひたすら手を

洗っています。」とはき捨てるような返事があった。そのとき、

受話器からもう一つ聞こえてきた。「言うなって言ってるやろう!

何で言うねん!ババアやめろ!」とまるで人がかわってしまった

ようなK子の罵声が聞こえてきたと同時に電話は切れてしまった。



もともと自己肯定感の少ない彼女が、学習のことがきっかけにな

り不安が広がって脅迫神経症的な症状を示し、また、そのことで

何もできなくなっていく自分に対してより一層イラつき、結果と

して、母親に強くあたっていることは明らかであった。



しばらく時間を空けて、その日の夕方、こちらから電話をした。

暗い消え入りそうな声で母親が出た。K子は今は眠っているらし

い。母親はどうしたらいいかわからないとこぼした。とにかく、

今はあわてないで彼女をゆっくりと家ですごせるようにしてあげ

て欲しいとだけ伝えた。もちろん、しばらく休んでもいいと付け

加えて。母親は一言「またしばらく家にいることになるんですね。」

と私に言うとはなく独り言のようにつぶやいた。「お母さんが

そんな言いかたしたらあかん。本人も彼女なりに前向きにやって

きたのだから、以前学校に登校できなかったときよりもしっかり

と自分を見つめられるようになったんじゃないですか。温かく応

援してあげて欲しい。」と言うと、「そうだと良いんだけど…。」

と母親はつぶやいた。お母さんに元気を出すように伝えて電話を

おいた。



今のままではあまりにも辛すぎるので、いつも我々がお願いする

精神科の先生のところに診察に行ってほしいとは思ったが、あれ

だけ病院を嫌がっていたK子なのでそれは望むことすらできな

かった。カウンセラーとも距離を保っていた彼女のことである。

そう簡単にことは運ぶはずもなかった。



1週間経ち、2週間経ちしていった。我々にも焦りの色が濃くなって

いたが、すぐには動きようもなかった。母親から定期的に家での

彼女様子を聞くことができてはいたので、彼女の状態は大まかに

はつかんでいた。それと同時に母親の様子もわかっていた。



約1ヶ月を少し過ぎたとき、母親から面談の希望があった。とに

かく今日時間を作って欲しいという母親の希望だったが、残念な

がら他の約束もあり、どうすることもできなかった。それでも、

今日何とかして欲しいとずいぶん無理を言うので、しばらく母親

の話を聞き、少し落ち着いたところで、面談の日時を約束してお

いでいただくことになった。母親ががまんできなくなったという

ことがすぐにわかった。現状を打開するきっかけができたのであ

る。



(つづく)


| | 10:31 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある子どもとの対話(3)〜自分を責める〜
彼女が中学校の内容へのこだわりは日増しに強くなっていった。

それと同時に、彼女は何かをすると一つ一つ、必要以上に確認

するようになっていった。このままではいけない、このままの

状態を続けさせてはいけないと思い、何とか彼女の精神的な負

担を減らそうと、学習面においては先へ進まないと彼女が余計

に自分を責めることから、少しずつ先に進める授業と、中学校

の内容で基本的なことを確認する授業とに分けて、1つの事柄

をはっきりと確認できるようにし、納得いくまで説明をし、そ

してできるという自信を持たせるよう工夫をした。



しかし、到底それだけでは彼女の状態を改善することは難しかった。

現状の状態を少しでも改善しようと、保護者とも何度も話、勉

強するようになったからといって、期待をかけすぎないように

してほしいと何度も訴えた。保護者もうすうすはよくない状態

だと知りながらも、勉強するようになったことで、学校へ通学

したり、大学への進学に可能性があるのではという「欲」が娘

の苦悩を大きくしていることに気がつかない状態になっていた。



K子は「病院には行かない」と、誰も何も言っていないのにそう

言っていた。そのことを特に私にはアピールをしていた。



我々は彼女に自信を持たせるように学習を少しずつ進めること

を特に注意していた。できないことがあっても、できなかったこ

とではなく、できた部分を確認し、誉め、少しでも自信を持た

せることに徹していた。それでも彼女は自分で自分を責め続け

た。こんなことができないんだ、私はダメなんだ、もっと勉強

しなければ、もっとがんばらなければと自分を責めていた。



それを少しでも和らげるために、できるだけのんびりできるよ

う、いっしょにお昼ご飯を食べたり、おしゃべりをしたりする

ことを徹底しながら、実は、彼女が病院へ行かないと言ってい

ることにも着目もしていた。というのはK子の中で、今の状態

は良くないんだと言っているもう一人のK子の言葉に眼を背け

たくて、「自分は病気ではないから病院にいく必要がない」と

言っていると思っていたからだ。



良くも悪くもならない状態で日にちばかりが過ぎていった。

K子にとっては苦しい日々が続いていた。大検まであと3ヶ月。

出願が始まる頃であった。これまで、1日空いたりすることは

あっても毎日のように顔をだしていたK子がとうとう顔を見せ

なくなった。



(つづく)




| | 02:04 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある子どもとの対話(2)〜こだわり〜
K子は勉強に関してはたいへん一生懸命に取り組んでいた。

大検を合格しなければならないという目標に対して、自分で

自分にノルマを課し、厳しく勉強しようと努力していた。

私の目にはそんなに厳しく自分を責めなくてもという思いが

あったが、がんばろうとしているその気持ちを尊重しようと

思い見守ることにした。



高校受験をするために勉強はしたということは聞いていた。

中学校の内容はある程度まではできているつもりだとK子は

言っていた。確かに不登校で学習をあまりできていなかった

K子が高校受験で合格をしているのであるから、それなりの

学習をしていたはずではある。



英語は好きだということもあり、説明するとちゃんと理解し、

難なく高校内容の問題を解いていけた。文法ばかりではだめ

だからと長文の課題を渡してもしっかりと訳を書いてきてい

た。わからないところは正直にわからないと言っていたので

こちらも安心だった。



ところがである。どうも、英語のときでさえしんどそうな表

情が増えてきたのである。それは数学と理科が原因だった。

小学校の頃から理科は苦手で、算数の計算は反対に得意だった。

公文式に行き計算はどんどん進んでいたくらいなので得意で

あったことがそこからもうかがえる。ところが理科はとにか

苦手であった。もう一つ彼女の苦手は図形であった。理科と

図形は彼女にとって最も嫌いなものであった。



K子はたいへん生真面目な性格で、両親はもう少し融通が利

けばというくらい、悪い言い方をすれば頑固とも言えるほど

自分が納得いくまできっちりとしなければ気がすまない性格

であった。0%か100%しかだめ、白か黒かはっきりしな

いと落ち着かない性格であった。この性格が、自分を追い込

んでいくことになってしまうのである。



ある日、数学の三角比をいっしょに勉強していて、二等辺三

角形であることに気がつかなかった彼女は、二等辺三角形の

ことがわかっていないからだと言い始めて、その元になる中

学校の図形のことをやりたいと言い始めた。じゃあ、中学校

のことを少しだけ確認しようと中学校の教科書で二等辺三角

形の性質を勉強して、簡単な問題を解いてその場は納得でき

たのである。ところが、この日くらいから、少しずつ彼女が

中学校の内容にこだわり始めた。その度合いは日に日に強く

なっていった。そのことに気がついていたので、できるだけ

ゆっくりのんびりさせるようにしてはいたのだが、その度合

いは強まるばかりであった。



(つづく)


| | 08:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
ある子どもとの対話(1)〜プロローグ〜
先日、ある子どもの相談を受けた。

現在、大学に通っているのであるが、どうも大学がおもしろく

ないらしい。どうしたらいいのかということであった。



彼女はK子。現在20歳家族は両親に兄妹がいる。

父親は会社員、母親もパートに出ていることもある。

両親ともしっかりとした普通の人である。



彼女は中学2年生のとき不登校になった。

2年生の夏休み以降全く行けなくなってしまった。

どうして行けなくなったのかわからない。

行こうとすると頭が痛くなったり気持ち悪くなったりした。



最初は両親とも通わせようとしたが、娘のあまりのしんどそうな

表情に、これはおかしいと思い、登校させることをあきらめたと

面接に来たとき父親が話していた。



中学は結局いろいろあって通えなかったが、高校だけは行きたいと

思い、高校受験をすることにして、見事に合格。

ところがやはり高校にも行けなかった。



そして高校2年の年齢のとき、私のところにやってきた。

最初、面接に来たときはなかなかしゃべることもできなく、

ほとんど下を向いていた。1週間たっても変わることは

なかった。それでも何かを求めて通ってくれていた。

少しずつ時間はかかったが、話すようになっていった。



彼女は勉強では英語が得意で、英語になると熱心に続けていた。

高校は中退してしまったので、大検を受けることになったの

だが、英語だけは全く動じていなかった。そのくらい英語は好き

だったし、またできたのである。



そんな彼女が勉強のことがきっかけで落ち込むことになる。



(つづく)
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